「クリエーターカップル移住プロジェクト」により10年で140人ほどの移住者を迎え入れ、移住者と町に寄り添い続ける一人のクリエーターのお話。

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岡山県玉野市の宇野エリアを中心にした
クリエーターカップル移住プロジェクト「うのずくり」は
一風変わったプロジェクトにより多くの移住者に選ばれ、
港町は賑やかさを少し取り戻しつつある。
その輪の中には、いつも森さんの笑顔が。

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四国は高松港と岡山の宇野港を行き来するフェリー便は、長らくのあいだ本州四国間の大動脈だった。昼夜問わず平均して24分に一度のペースで船が行き来するそれは賑やかな港町だったとか。

それが1988年の瀬戸大橋の開通により高松港と結ばれる船便は減少の一途を辿り、それに伴うかたちで賑やかだった宇野港周辺も次第にさびれていき、商店街のアーケードはおろされ、通りはいわゆるシャッター通りと化し、歩く人もまばら。町に若者はほとんどおらず、かつて店舗だった場所も取り壊されていくという過疎の流れの中にあった。

そんな中、政府の行う中心市街地活性化基本計画に後押しされる形で2011年の6月から実行委員長の森さんを中心にし、うのずくり実行委員会の活動は開始された。

 

「約10年で140人くらいの人が移住や開業してくれましたね。お店で言うと30軒くらい増えて、お店以外のアトリエを構えた人とかお店を構えずに出張形式で活動してる人なんかも含めると50組くらいは活動されてますね。おかげでイベントも増えましたよ。楽しくなってます。若い人が行くような場所が町にほぼ無かったあの頃にくらべたらねぇ、ほんとに」

 
2019年移住者100人達成パーティが開催された際に挨拶する森さん

ー森さんはさらっと言われていますが、元々は行政が主体なわけでなく地元有志の作るNPOが支援をする活動だったため、予算的にも余裕があると言える環境ではない中であげた成果としては非常に大きいだろうと。

 

「他の地域のことはよくわかりませんが、ものすごく仲間が増えたなぁという実感はあります。それまでは活動母体のNPO法人MMKからの支援だけでまかなってましたが、2016年度から玉野市の『たまのの移住コンシェルジュ』に認定されて、活動母体であるNPOに対して市から事業委託費をいただけるようになりました。 それからは活動時に実際に動いてくれる人へもささやかでも報酬が払えるようになったのは嬉しいです」

 

ー活動費は具体的にどういった使い道になっていますか?

「移住してきてくれたwebデザイナーさんにお願いして不動産情報を発信するサイトを作ったり、間取り図を書いてもらったり、交流会や大掃除、ワークショップや報告展などイベントを開催したり、移住希望者を市内案内する時のガソリン代とかですね。それまではどうしてもボランティアって形になる事も多かったので」
 

独自に作り上げた地域限定の不動産情報サイト。見やすいように工夫が凝らされている
 

ーほぼ手弁当のような活動で始まったうのずくりですが、それに比べてやはりその成果は大きいと思います。どういった方法で移住者を増やしたのか秘訣などあれば詳しく教えてもらえますか?

 

「うのずくりでは、『クリエイティブカップル移住プロジェクト』を掲げて、それを呼びかけたのが良かったと思います。あとは不動産情報の整理と発信、移住関係の窓口として移住者と移住希望者に寄り添うことですかねぇ。それに町の案内とか、移住者さんと相性良さそうな人とお引き合わせするとか」

 
月に一度、新旧住民、老若男女が集い交流をはかれる朝ご飯会を魚市場前のスペースをお借りして開催。

正直、え?それだけですか?呼びかけるだけ?と思われるかもしれませんが、クリエイティブカップルにターゲットを明確に絞ったことに意味があったと森さんが教えてくれました。

 

「私たちの活動は『うのずくり』という名称なのですけど、「宇野に、住んで、つくる」から作った造語なんですよ。住んで貰うだけでなくじぶんたちの作品や商品、文化的なイベント、お店や暮らしなんかを作って、古い住宅も直して良い感じにして使うというようなことを通して結果的に町もちょっとずつ作っていく、っていうイメージなんです。クリエーターさんにはその力が有ると思うんです。直接クリエーターな人だけでなくクリエーター気質の人とかそれを身近で楽しめる人も含めてそう思います」

 

そう説明してくれる森さん自身も現役のガラス作家さん。

 

「今も年に一度くらいのペースで各地のグループ展に参加して、個展も数年に1回くらいのペースで開催しています。私は広島出身なのですが、倉敷の大学でガラス工芸を勉強したあとに、工房というかアトリエをやれる場所を探していて、それで宇野にある共同アトリエならやれそうだぞ、ってなって2007年に移住して来ました」

 
生活用の食器はほとんど作らず、ガラスの美しさを活かした造形作品が主だとか

ーその当時の宇野はどういった印象でしたか?

 

「宇野へは最初アトリエを構えるために来たので、町の雰囲気で選んだわけではなかったのですが、正直寂しい雰囲気でした。商店街にも昔から残っているお店が数件あるくらいで、もう少し遊べる場所や集まれるような場所があって一緒に楽しめる人がいると良いなって思っていました。なので、クエイエーターの人がたくさん移住してきてくれて素敵なお店やイベントが増えて本当に嬉しいです。それまでだったら絶対に出会えないような人にも出会えますし、これからも作家業とうのずくりの活動を両立していけたらなと思ってます」

 

ーしかし、クリエーター募集と呼びかけるだけでこれだけ多くの移住者が集まると思っていましたか?

 

「最初はここまでとは思っていませんでした。(笑)でもやっぱりクリエーターの人に来てもらいたいんですって呼びかけてると、皆さん自分と似た気質の人がきっといるはずと思ってきてくださるので、お友達がお友達を呼んで、みたいな感じで続々と移住してきてくださいました。そうするとそこにクリエーターのコミュニティができて、後に来る人も入りやすくなった」

 
今ではその実績とノウハウを評価され講演に呼ばれたりも

あえてセグメントを区切ることで、もうすでに移住している具体的な移住者像をイメージしやすくなる上に、自分たちの移住を歓迎してくれ、自分たちを迎え入れるために尽力してくれる人がいることがあらかじめ期待できるわけですからね、クリエーターの人たちにとっては選択肢の一つに入ってくるだろうと思います。

 

「そうですよね。それに宇野からはアートで有名な直島へのフェリーが出ているのも大きかったと思います。そこもクリエーターさんと相性が良かったなと。いったん移住してきた人の中でも仕事や家庭の事情でどうしても宇野を離れざるおえなくて出て行った人たちもやっぱりいるんですけど、友達や家族を連れてふらっと帰ってきてくれることが多くて、そういう時に久しぶり~!って感じで皆でわいわいやれてるのもこの場所でクリエーターに特化して活動を始めたおかげだろうと思っています。これからも港町として人が気持ちよく出入りできる場でありたいとも思います」

 
アートで有名な直島へのフェリーも出入りする宇野港をバックに微笑む森さん

アーティストやクリエーターは仕事の都合で世界中に拠点を移す場合が多くあり、そういう一時的な離合集散な暮らしに普段から慣れているのも影響しているのだろうと。実際にドイツ留学から帰国後に再び宇野に拠点を移した作家さんや、大阪に一時拠点を移した作家さんも宇野に帰って来たりした時にもスムーズに受け入れていける社会が作られているということだ。宇野が港町でかつ定期的に訪れる造船業の労働者などを受け入れてきた土地的な気質などもあるのかもしれない。

それから「カップル」を明言した理由にも言及しておいてもらった方がいいだろう。

 

「それですね。移住ってどうしても外から来るので孤立化しやすいんですよね。どんなに相性合うだろうと思う人をお引き合わせしていったとしても、縁もゆかりもないような地域に飛び込むわけですからね。自分のそばにパートナーや家族がいてくれることで、小さな社会をそこで持てるから孤独になりにくいだろうなと。それに生活を築いていくのも大変じゃないですか?宇野もどうしても古い物件を直して暮らすケースも多いですしね、一人より二人の方が頑張れますしね。そういう意味でメンタル面でも、体力面でも色々と負担も少なくまちにとけこみやすいだろうなと。実際でも、カップルやご家族での移住が多いですね。あ、もちろんお一人での移住者の方もたくさんおられるので、安心してください。最近は町の雰囲気が良くなったからか、Uターンの方やクリエイティブに直接的にはあまり関わりのない方の移住も増えてきています。良い影響がでだしたのかなと思って嬉しいです」

 

ー不動産情報の整理と発信を活動内容に挙げておられましたが、不動産はやはり他の地域同様に借りにくいものですか?

 

「難しいですね。今もご紹介させてもらえる物件は少ないです。玉野市全体でも宇野エリアでも空き家自体がすごく増えてるんですけど、利活用をと考える方がまだまだ少なくて、どうしても放置されがちですね。お家は暮らして維持管理しないとどうしてもいたんでいきますからね。そのままになってるお家がいたんで行くのはもったいないです。もちろん移住して来たいっていう人にとっても選択肢が少な過ぎて、困っている状態ですしそういう意味でももったいないなと。クリエーターさんにとって、特に古くても味がある物件なんかは魅力的な存在ですからね。ご自身で難しいだろうと諦めないで相談して欲しいです」

味のある雑居ビルは改装され一階にコーヒースタンドやハンバーガー屋さんが入り、上階のホステルは予約が難しい程の人気ホステルに。
 

自分の生活をより良いものにしようと思って移住してくるクリエーターさんのためにもぜひおうちを貸しても良いかなと考えて欲しいですよね。個人資産でもある不動産を社会資産でもあるという理解が日本でも更に進むことを期待しています。

 

「荷物が残ってるからとか、仏壇があるからと言われる方も多く、それも分かるのですけどそれも含めて相談してもらえたらなんとかなる場合も今までにも有ったので、とにかく気軽に相談して欲しいと思います。これは地域全体の問題で、私だけの力で解決することは絶対にないので、ぜひ前向きに危機感を持って考えて欲しいと思っています」

 
有志でゴミ出しや荷物整理を行う

ー借りられる不動産物件はどうやって探されているのでしょう?

 

「2018年から月に2回は空き家調査をしています。今までで933軒の空き家を回りました。活用を考えませんか?っていうお手紙と市の空き家改修補助の案内とをポスティングしたり、空き家を紹介してもらって見に行ったり大家さんに会いに行ったりしています。去年からは市の空き家バンクとも連携させてもらえることになって、そこで大家さんを紹介してもらってより詳しい情報をうかがうために会いに行ったりもしてます」

 
一つ一つ足を運び、丁寧に調査を行う

ー森さんは不動産屋さんではなく不動産の紹介に関しては無償で行っているわけですよね?

 

「そうですね。不動産の紹介に関しては仲介料はもらっていないですね。あくまでも紹介だけ。それで直接移住者さんと大家さんで契約してもらうこともあるし、大家さんの希望で不動産屋さんを通したい場合は不動産屋さんにおつなぎしたりもしますね」

 

本当に大変な作業だと思うのですが、森さんは非常に嬉しそうに活動の話を語ってくれる。

 

「クリエーターの皆が町に増えると、自分一人では想像もできなかったことが町に起こっていくんですよ。あの空き家がこんな素敵なお店に?!とか宿に!?ってなっていって、たくさんの人が泊まりに来てくれたり、岡山市内や県外からもわざわざ遊びにきてくれるようになって。そういう意味ではクリエーターは可能性を運んできてくれる移住者ですよね。消費者としての移住だけでなく、店や町をバリバリと直したり作っていってくれる力が移住してきてくれるわけで、それだけでなくいわゆる関係人口も連れてきてくれて、それに私自身もクリエーターで、そういうお話をできる人がたくさん移住してきてくれているのは本当に楽しいし、ほんとクリエーターさんの移住で二度三度四度もずっと嬉しい楽しいです。それに、10年やってるあいだにあの町がここまでに!と思うとやっぱりそれは何より嬉しいですしね。まだまだやって行きたいです」

 
使われていなかった蔵が改装されカフェに。

ーこの10年でつかんだ手応えあってこそでしょうね。

 

「おかげさまでよくなって来てるなぁと嬉しい限りですがまだまだです。うのずくりの活動もまだ市民のみなさまにそこまでメジャーではないので、うのずくりの活動を地域の人たちにもっと知ってもらいたいですね。地域を作っていってくれる人たちが町に入ってきてくれていることとか、ほっとくと町がどんどん寂しい感じになっちゃうこととか、空き家のこととか、みんなが自分のこととして受け取ってもらったり、ちょっとでも何かしら関わり合いが持てるようなことができたらなと」

 

ー知ってもらうことは次につながるきっかけですものね。まずはそこからというのは大変共感します。

もう少し将来への展望とかお聞かせいただけますか?

 

「展望というか、もはや野望なのかもしれないのですけど…、玉野市は、社会教育課内に文化・スポーツ推進係はあるのですが、芸術・文化に特化した独立した文化振興課がない市なんです。でもそれ(文化、芸術、歴史、クリエイティブ)を大事に思ってる人が移住者だけでなく、もともと住まわれている人の中にもたくさんいるからそれをなんとか形にしたいなって」

 
DIYワークショップにも多くの人が参加する

ー地域全体の文化度を上げるということですね。

 

「そうですね。町の発展という意味ではもう都会化は考えなくて良いと思うんですよね。全体的に文化度を上げていけたらなぁと。そのためにもまずは大衆芸術だと思うんです。 音楽、演劇、舞台芸術、映画なんかですかね。もう10年以上、狂言で市の歴史文化を語り継ぐ活動されている方々もおられます。そういうものを老若男女日常的に楽しめる場所ができると良いなと思っています。

個人的には映画館が一番欲しいです。あとは花屋さんですかねぇ。うきうきするの大事だと思うんです。そういうお店とか施設とか作りたい人にも移住してきてもらいたいですね」

 

ーなるほど、文化度を高めたい。そしてその為の方法は想定しているけれども、自分たちでそれを作っちゃうのではなく作ってくれそうな人の移住を促しつつ、実現可能な不動産開拓に励むということですね。

 

「はい。私個人の理想はあってもまちを形作っていくのはあくまでも移住者さんや町に住む人たちだと思っています。私の役割はそのお手伝いというかうまくいくように潤滑油になれればなと。まぁ私個人としても大きなお金を上手に使ったり、そもそもそんな予算を用意するのも得意じゃないので、その辺が私よりも得意で、映画館とか舞台とか作るのに興味がある人がおられたらぜひご連絡ください。(笑) 玉野市全域をくまなくご案内させていただきますので」

 
地元のイベントで観光客や地元の人向けにガラス工芸の体験会を開く森さん。

ー意欲のある人と不動産との出会いが町を作る大きな原動力だと思いますので、森さんはそこでご活躍されるのが効果の最大化を生むと思いますので、引き続き頑張ってください。

他にソダテタで応援してもらいたいこととか、出会いたい人とかおられますか?

 

「そうですねぇ。うーん、ご紹介できる物件が増えてくれると嬉しいのと、地域のみなさんに知ってもらうのと、そうですねぇ、まちづくりに興味がある企業さんとも出会いたいですね。できれば宇野の地元企業さんでクリエーターさんとお仕事とか何か作っていってくれたり。発注って形でもいいんですけど、協業とかもできるようになっていくといいなぁって。あとはやっぱり移住希望者さんですね。クリエーター系のカップルさんの移住検討されている方からのご連絡を引き続きお待ちしております!」





 

<うのずくりHP>

 

この記事のディレクター

アーティスト/マドリスト/プランナー/うどんの人

森岡 友樹

ちょっとおせっかいなくらいでちょうどいい。

#岡山 #地域活性

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