本屋であるのに、考えた結果、店の名前に「空港」と名付けた本屋が鳥取にある。
「汽水空港」の店主・モリテツヤさんが今回の主人公だ。
「本屋はやりつつ、本屋の中でできないことをやっていきたい。空港だからね」とはインタビュー中の彼の言葉であるが、その言葉どおり、現在の彼の取り組みと展望はすでに本屋の枠には収まらない。
今回のインタビューでは、その”本屋はやりつつ、本屋の中でできないこと”を中心に、モリさんのこれからの挑戦について大いに語ってもらった。
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鳥取県湯梨浜町で、「汽水空港」を経営するモリテツヤさん(34歳)。
2011年の東日本大震災をきっかけに関東を離れたどり着いたこの町で、かねてからの夢であった畑と本屋をやる暮らしを、妻アキナさんとともに実践している。
幼少期に、サラリーマンに向けて「24時間働けますか?」と喧伝する栄養ドリンクのテレビCMを見て会社員になれないと思った、というモリさん。学生時代に本に親しむことで書かれている内容に励まされる経験をし、また本屋に通うことでそこに集まる大人たちと出会い学ぶ機会があったという。その経験から、自身でもそんな場所を運営したいと思うようになり、モリさんは本屋を目指すことに。
全くの未経験からセルフビルドで店舗を作り、2015年に本屋をオープンさせた。
本のセレクトはもちろん、オルタナティブスペースとしての側面や、DIYで店舗をつくる過程をSNSで発信しその存在感を広く示したことなどから、今では全国でも知る人ぞ知る本屋になった。とはいえ、2021年現在、店の経営は単体では成り立たず、本の仕入れやイベントの経費を補填するために大工として現場仕事のアルバイトで現金収入を得ているという。

好きなだけ育てて、好きなだけ食べられる「食える公園」
モリさんは2018年に、自宅近くに元梨畑の土地を借りた。アキナさんと2人で雑木林となっていた土地を切り拓いて畑を作り、そこを「ターミナル2」と名付けた。だが、念願の畑のスタートも、思わぬところでつまずくことに。
「店も現場仕事もやってて畑をやる時間がなくて、現場仕事で得た収入でスーパーで野菜とか買っちゃってるんだよね。金とモノを交換するだけの生活が嫌で、わざわざ田舎に来て畑を始めたのに、全然理想の生活にたどりつかない。店や生活を維持するのに必死で、肝心の畑にエネルギーを使えてないとわかって」
「そういうことをぼんやり考えたりしていたけど、2020年の3月くらいに、あ!そうか!と。自分たちだけでやろうとするから、畑をやる時間やエネルギーが作れないんだとわかった。なので、公園にしちゃおうと。好きな人が畑作業をしていいし、できる作物は誰でも好きに食べていいよって。ブランコを設置して子供らも遊べる場所にして。雑木林を切り開いて気持ちの良い空間になるのを自分たちだけしか知らないよりも、いろんな人が来て過ごす場所になったほうがやりがいもある。で、『食える公園』って言ってて」

ー自分たちだけでは畑が成り立たないから、公園としてみんなが通えることで畑としても維持できるようになる、と
「そうすると、ちょうどコロナでアルバイトがなくなった人たちが来るようになって。彼らも以前から畑に興味があったけど、生活のためのアルバイトがあって来れなかっただけだった。僕らも店の運営のためにアルバイトしていたから、自粛期間は畑と、時々現金収入を得るためのアルバイトだけしてればよかった。その4カ月がめっちゃ楽しくて。経済がストップしたら、自分自身の手や周りの環境から本当の経済を作る方に関心が行きはじめたんだよね」
0円で住める家を作ったらどうなるか、全力で悩みたい。「難しい権力」
ーさらに、「難しい権力」というなんだか難しい名前のプロジェクトも準備しています
「"収入源として家賃を設定する"ということが多分いま一番やめなきゃいけない概念のひとつだと思う。人がなぜ現金を求めて働かなくてはいけないか。まず家賃の支払いを求められるから。それと税金。そういった逃れられない支払いがただ生きているだけで発生する。だから人は金にしかならない意味のない労働をする。意味がないだけだったらまだ良くて、搾取や破壊につながる仕事もたくさんある。やらなくていいことをやめる為に、そして人間がただ生きるということを可能にする為に、そういう環境をつくりましょう、というプロジェクトを始めようと思ってる」
ー具体的にはどういう内容なんですか?
「クラウドファンディングで集めた資金で、大家さんが持て余して困っている家を俺が買って、改修工事をしたうえで家賃のかからない家として提供するの。これは俺や周りの大工、もしくは大工に興味のある人にもメリットのあるものにする予定。集まったお金は自分の口座にいれるのではなく『難しい権力』の口座にいれる。金が欲しい大工がプロジェクト対象の家の改修作業で一日働いたら、一日分の日当をこの口座から支払う。俺も金が欲しくなれば働く。周辺の人もプロジェクト対象の家が増えれば増える程、仕事にあぶれることはなくなる。そして快適な家になった後は、『おれの家』ではなく、『社会的共通資本』として世界に対して開かれた家になる。名義としてはモリテツヤ個人の所有物にするしかないけど、モリテツヤという個人が抱えた権力を自分の命が尽きるまで公共に解き放とうとするプロジェクトというわけ」

ー「社会的共通資本」とは?
「宇沢弘文さんっていう経済学者がいて、水や空気などはビジネスで誰かが占有するべきでない『社会的共通資本』と言っていて。俺は空き家とかもそうだと思う。で、持て余している家を負担と思っていた大家さんが『これは誰かを助けるカードとして使えるんだな』と認識が変わってくれたらいいな、と思うんだよね」
「こんな家があったら住みたいじゃん?いま生活に困っている人は多くいるし、希望者がたくさん来ると思う。で、そのときに、あなたは住めます、あなたは住めません、って俺言わなきゃいけないじゃん。その権力が俺はイヤなわけよ。でも権力というのは獲得しようとした人にだけ発生するものでもなくて、ある時自分が意図せず手にしてしまうものでもあると思う。要は、権力を手にした人の『権力の使い方』における知恵と思いやりが、いまの世間はなさすぎるということだと。その技術を全員で学び獲得するようなことも狙ってる。それでまずは、家と土地の持ち主という権力者ポジションに自分が立ってみよう、と。その土地をビジネスの種にしたいという自分の欲求を抑えて、いかにしてその土地や家を社会的共通資本として維持し続けることができるか。住む人を選別しなければいけないという苦痛を伴う権力と、本当に一生向き合い続けることができるのか」

ー最後に自分が行使しないといけない権力
「入居希望者の選別なんてしたくないんだけど。でもそうしなきゃいけないわけだから…イヤだなあって思う(笑)権力なんて持ちたくないなって思うけど、一般に開放する上でもいったん権力者にならなきゃその家を使えない。それでプロジェクト名を『難しい権力』とした。将来、やっぱり家賃を発生させたいな、とか思うかもしれない自分への戒めとして。これは政治とは何かってことでもあると思うんだよ。政治ってどの困り事に対して税金を使うかってことだけど、本当は全ての困り事に対してアプローチしようとする姿勢があるはず。だけどそれは予算としても論理としてもできない。じゃあどの困り事を選ぶのか、そしてそれは誰を切り捨ててしまうことになるのかっていうことを考える必要のあるとても難しい仕事で、本当は哲学者の仕事だと思うんだよね。だからこのプロジェクトで揺れ動く自分の考えとか戸惑いも公開して、色々な人の知恵も貸してもらいたい。全員で共に”権力”とか”公共”とか”政治”について考えていきたい。学びたいってことなんだよ」
モリゴンクエストは既存の価値観に対する人生をかけた実験
モリさんは2019年に、町の人の個人的な悩みを集める会を開き、それをまとめた冊子を選挙の立候補者に送付する『Whole Crisis Catalog』という活動を考案した。『食える公園』も『難しい権力』も、農耕や土地など古くからある社会のシステムをひっくり返そうとするような、小さくとも大胆な試みだ。モリさん自身、畑をやることはスローライフ志向というよりも”今の社会の価値観に対する革命みたいな、チェ・ゲバラ的な気持ち”だと言う。
「今自分が疑問を持っているシステムに対しては、自分が実験していくのには意味があるなって。これは農耕や権力への実験だし、畑を切り開いて初めて権力側に立つであろう自分がどうなるかを試してる。『食える公園』で誰かが頑張って育てたトマトを、ある日やってきた別の人がすべて食べてしまったとしたら、どんなリアクションが正しいのか。自分の問題として本気で考える機会になるし、そういうことが起こって欲しいなと思ってる」

ートマト問題が起きたとして、自分にとっての理想的な答えはすでにある?
「食べていいよ、いいよって言いたい。でも俺はそのそもそもそのシチュエーションを待ってるから。そういう問題は形を変えて日々起こっていて、これがベストみたいな理想の答えはわからない。そういうときに、やっぱり本が役に立つんだよね。同じようなシチュエーションのときに、過去の賢者たちはどうしたのかな?って。哲学書って、自分も世の中にあるほとんどの本を読んでない。でもたまに、自分の中に過去の哲学者が考えた”哲学の芽”みたいなものを抱いている瞬間があるんだよね。しかもその人は、シリーズ物とかで考えてる。生きていく中でいろんなことが起こって、どうしようと思ったときに、思想や哲学の芽みたいなものが芽吹くと思うんだよ。で、芽吹かないと、思想書や哲学書と出会わないと思う。
だから、ターミナル2や『難しい権力』をやって問題をわざわざ目の前に作り出して、どう生きたらいいのかを一人一人が考えざるを得ない事態になったらいいなと思ってる。手に負えないテーマであればあるほどみんな本屋に来るはず。商売の為でもある(笑)」
ー問題が起きるようにして、答えを探す
「モリゴンクエストをプレイしてるわけ。あと何年生きるかわからないけど、どれだけの不幸を抱えても、どれだけ金持ちになったとしても、どうせいつか死ぬってのはいいと思うんだよね。清々しいことだと思う。限られた数十年でどういう実験をするかっていうことを、いつからか考えるようになっていて」

賢者を召喚する「汽水空港」、台湾支店への夢
ー本屋はひとまずの完成形を見て、モリさんのエネルギーはもっと外側の活動に振り向けられてるように見えます
「本屋として売上をもっと増やす必要はあるけど、5年やって徐々に成り立つような兆しはある。それはこれからも淡々と良い場所になるようにやるしかないわけだけど、そもそも汽水空港は、最初に農業研修行ったりとか、家建てたことなかったけどセルフビルドしたりとか、自分が実践する為の理由としてつくってるような面もある。最近は自分たちの生活の土台が出来てきたから、次はさらに広い範囲のことに活動を向けていこうとしてるところ。実践して、頭を悩ます問題に直面したら本を読み、またやる。その為の場所として汽水空港をつくったつもりだから。だから政治のこととか、嫌でも巻き込まれてしまう経済システムとか、自分含め誰もが直面しているなら共に考えたいなって。本屋には賢者の言葉や考えがたくさんあるから」
ー5年後に台湾支店を出したいと宣言していますね
「政治の意識が高い・人が優しい・面白い・飯が美味い、と人から話を聞いていて。2020年に初めて行ってみたら、聞いてた以上に楽しくて。あと、会う人みんな、特におじさんが優しくて愉快なんだよね。どうやったらそう生きていけるんだろう?って。何が人を優しくさせているのか、その理由を探りたいし、そういうただ優しいとか愉快な感じが今の日本に暮らしてると羨ましいな、豊かだなと思って。
台湾に限らず東アジアに興味があって、韓国も台湾も、日本より生活に対して能動的に生きているような気がする。政治に対してちゃんと意見を言うような成熟した文化があるんじゃないかと思う。能動的な態度とか優しさとか、海の向こうから学ぶ時だと思う。台湾店と鳥取店で人や本を行き来させたいし、文化が混ざり合うその渦中にいたい。そうして海を越えて混ざり合う文化圏をつくることで、名実共に『汽水空港』になる。そんなふうにしていきたい。5年通って準備をする計画だったけど、今はコロナだから1年延期したけどね」

ー台湾支店は鳥取の汽水空港とは随分違う感じになりそうですか
「広大な『食える公園』の中に汽水空港があって、宿泊もできて、ものも作れるような、今のところそういうイメージ。中国語がまだ読み書きできない自分としては、本を読む環境として様々な読書棟を用意するとか、本を読んで実際にやってみたくなった人と一緒に畑やもの作りができるような場所かなあ。色んな本を用意する場所というより、読書環境と読後の実践環境を提供することで交流する場所みたいなイメージ。今のところ」
自分で自分の首を絞めたアーリーデイズ
ーこれまでに困ったことはありますか
「本屋を始めるときに、持って生まれた手持ちのカードが何であれ夢を叶えられる、というのを示したくて。つまり特別なコネとか金、特殊なスキルとか何もない状態でも自分で自分の仕事をつくれる。それで生きていけると示すことができないと希望がないんじゃないかと思ってた。不可能と思うと、人は自分を殺して生きていくから。だから、助成金とかクラファンに頼っちゃダメだと考えてた」
ーハードモードの設定を自分に課していた
「人の好意、協力したいという申し出も断ってたわけよ。自力でやらないと希望を示せないって感じで。でも自分をトゲトゲした気持ちにさせるしさ、大変だった。ただ、生きてたら仲間もできるし、コネもできるし、途中から手持ちのカード全部使えばいいじゃんって。実際に小屋建てることができるようになったら、もうそれは特殊なスキルなわけだし、材料だって人がくれる」

「生きてたら何かの技術は身につくし、運だって巡ってくる。むちゃくちゃ優しい左官屋さんのとこで働いてたんだけど、そこで働けてるだけで運が良いし、それはそのまま人生をサポートしてくれるコネクションでもある。だから自分に巡ってきたチャンスやカードは全部使って、それを次の人にも巡らせれるようにした方がいいなって。そう思うとすごい楽になって。いろんな人の力を借りていい」
狂気のワールドおじさんへの道
モリさんに、いま困っている事があるかと尋ねると、「この辺の空き家も結構埋まりつつあって、新たに移住してくる人たちが住める家がなかなか見つからないこと」だという。
ーでもそれって、モリさん自身が直接困ってることではないですよね
「モリテツヤが直接困ってることって、今はあんまりない。割とどうでもいい感じなんだよね。欲しいものもないし。利他とかじゃないんだけど、とにかく周りの友達の子供たちがかわいすぎるわけよ。今までは、こんな世知辛い世の中で子供が生きてくなんて地獄じゃない?生まれてきていいのか?って思ってた。でも、実際に近所の子供らとコミュニケーションをとってたら、彼らがのびのび生きられる世界を実現できたらいいな、って気持ちがどんどん高まってる。そのためにいろんなことやっていきたいのよ。だから自分がどうとかじゃないね。おれは子供はいないけど、”ワールドおじさん”みたいな感じだね」
ー「ワールドおじさん」?
「自分に子供がいなくても、人の家の子供がかわいくて、その子らが”この世は生きるに値する”と思える世界を作りたい。世界にとってのおじさん、みたいな。ワールドおじさんとしての意識。欲望って言葉は悪く捉えられがちだけどさ、喜びを分かち合いたいみたいな強い欲望もあるもんね。自分が得するようになりたい、とかそれだけじゃなくて。そういう欲望を解放しようっていうのが、ワールドおじさん」
